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	<title>CLASSICTATTOOBOOKS</title>
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	<pubDate>Tue, 12 Feb 2008 19:37:48 +0900</pubDate>
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		<title>SYMBOLS  （SAMPLE）</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Jan 2008 17:54:06 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[SYMBOLS]]></category>

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		<description><![CDATA[ツバメ

昔は、水夫が赤道を越える遠征に出るときに、片胸にツバメを一羽、無事に帰ってきたときに反対の胸にもう一羽入れたという。ツバメは陸地からそう離れて飛ばないことから、水兵がツバメを見つけると陸地が近いことを知らせる道しるべともなった。

バラ

花びらが開いたバラは『成熟』、つぼみは『新生』を意味する。色によって意味も異なり、赤は愛情、黄色はフレンド・シップ、白は純粋、黒は死を意味する。

ノーティカル・スター

北極星を表す。水兵は暗闇の中での航海中、北極星を頼りに方向を定めたことから、無事に家に帰れるよう願いを込め星を入れたという。

ローズ・オブ・ノーマンズ・ランド

第一次世界大戦時、兵士たちの駐留所にナースが常駐するのはごくごく一般的なことでした。彼女たちは、戦いに疲れボロボロになった兵士たちに献身的に尽くし、ときには心の支えとなる重要な存在で、兵士たちの怪我が治ったあとナースたちの功績を忘れないようにと、タトゥーのデザインとして入れるようになり、このデザインが残されたそうだ。

＊	こちらはサンプルです。
書籍を20,000円以上お買い上げの方に、サンプルとは別のモチーフの意味が４つ書かれた『SYMBOLS』ファイルを無料配信いたします！
Artworks by Sid

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		<title>ステンシル</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Jan 2008 04:25:28 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[HISTORY]]></category>

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		<description><![CDATA[むかしのタトゥー・アーティストたちは、肌の上にデザインを転写するため、ゼラチンでできたインクを使っていました。のちに、ライス・ペーパーとゼラチン・ペンをセットで使用したりもしていましたが、紙は一度お客に転写すると２度と使用できないので、何か別の方法はないかと生まれたのが、1800年代中ごろに生まれたプラスティック・ステンシルです。その当時、世界中のほとんどのタトゥーショップでプラスティック・ステンシルは使われていました。

また、昔のタトゥー・アーティストの本などで紹介されているアセテート・ステンシルもよく使われていました。これらステンシルは、ペンで描いたデザインにそって深い切り込みを入れ作るのですが、弟子入りの際の一番初めの仕事として任されるほど、手間隙がかかり大変ハードだったようです。

アセテート・ステンシルは、溝にチャコール・パウダーを乗せ、ワセリンを塗った肌に転写する、という方法で使われていました。当時のタトゥー・アーティストたちはこの方法で紙に転写し、世界中のアーティストたちとデザインの交換をしたといわれています。
フラッシュとして完成されたデザインももちろんカッコいいですが、アセテート・ステンシルの、何回も何回も繰り返し繰り返し使われ、残ったパウダーの痕跡を見ているとなんともいえない味わい深さがあり、当時の風景が頭に浮かんでくるようです。
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		<title>アメリカン・サーカス</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Jan 2008 02:34:54 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[HISTORY]]></category>

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		<description><![CDATA[19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけての西洋のトラディショナル・タトゥーは、サーカスと大きな関わり合いを持ち、ともに発展してきました。歴史を語る上で、サーカスとタトゥーの関連性は、避けて通ることはできません。
サーカスは、アメリカでもっとも人気のあるエンターテインメントとして栄え、主要なサーカス団はタトゥーが入った人たちを雇い、アーティストに実演をさせ、タトゥーをパフォーマンスの一部として見せました。当時活躍していたタトゥー・アーティストのほとんどは、春と夏の間、サーカス団とともに旅をしながらタトゥーを彫り、冬にタトゥー・ショップで仕事をするという形式をとっていたのです。

アメリカで初めて、サーカスが催されたのは1793年。当時はまだ、華やかなサーカスのイメージとは程遠く、一座で街を練り歩くスタイルで、1800年代になってようやくテントをはってその中で催すようになりました。1869年、アメリカの西側と東側が鉄道で行き来できるようになって、やっとあちらこちらで大きなサーカスが開催されるようになったのです。
アメリカで、初めて見せものとされたタトゥー男“ジェイムス・オー・コネル”は、航海中に難破してしまい、しばらくの間、ミクロネシアのカロリン諸島にあるポンペイ島で原住民とともに生活していました。タトゥーはそのときのもので、1834年、アメリカへ帰国した後、サーカスで見せものとして働くようになったようです。
一方、初めてのタトゥー・レイディは“イレン・ラベル・ウッドワード”という女性で、当時活躍していたサミュエル・オー・レイリーとチャールズ・ワグナーの作品がたくさん入っています。


タトゥー男やタトゥー・レイディは、サーカスの中の“サイド・ショー”としてフリークスの人たちと一緒に見せものとされてきたので、田舎の保守的な人たちやサーカスを運営するにあたりお金を出すお金持ちのオーナーの中には、あまりいい顔をしない人もいました。そのため、少しでも快く見てもらえればと、アメリカの国旗や象徴となるイーグル、自由の女神、キリスト、マリアなど、愛国心のあるデザインや宗教的モチーフのタトゥーを入れることも多かったようです。また、あわせて“ラブ・ワン・アナザー（互いを思いやる）”や“ジーザス・セイヴズ（救世主ジーザス）”などの言葉が入ることも多かったといいます。
第二次世界大戦後、サイドショーで見せものとなるフリークスを医療的見解や公的機関により疑問視される動きが活発なり、また、民衆が映画やテレビといったサーカス以外の娯楽に移行していくにつれサーカスは少しずつ衰退の道をたどっていきました。
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		<title>アメリカのタトゥー・ヒストリー</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Jan 2008 06:02:33 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[HISTORY]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカでは、１８７０年、ハイルダー・ブランドというアーティストがタトゥー・ショップをオープンし、このスタジオがアメリカ初のタトゥー・ショップと言われています。１８７５年にはそのあとを追うように、すぐ近所にサミュエル・オー・レイリーというアーティストがタトゥー・ショップをオープン。当時は手彫りが主流でしたが、サミュエルは機械に精通していたので、トーマス・エジソンが発明した“自動で文字を刻むプリンター”から現在のタトゥー・マシーンの原型を作り、世界で初めてタトゥー・マシーンの特許を取得しました。その後、サミュエルはインクやデザインなどのタトゥー用品と一緒にマシーンを販売し、その結果、アメリカの大きな都市のほとんどにタトゥー・ショップがオープンすることとなりました。当時は、絵心を持つアーティストはほとんどいなくフラッシュをコピーするのが当たり前で、オリジナルのデザインを書き起こすアーティストはほんの数名だったと言います。


中でもよく知られているのが、広告や壁紙のデザインをしていたルー・アルバートというアーティストで、当時の広告に使われていた様々なデザインをタトゥー用にと、力強くシンプルなデザインに描き直し販売、多くのタトゥー・アーティストたちが購入したといいます。ハートやバラ、ヘビやイーグルなど、現在も絶大な人気を誇るトラディショナル・デザインのオリジナルは彼によるものだと言われています。



サミュエル・オー・レイリーの弟子であったチャールズ・ワグナーは、サミュエルがロータリー式のマシーンを発明したのに対し、電磁石を用いたコイル式マシーンを発明、１９０８年ごろ新たに特許を取得した人物です。彼は、水兵のほかにサーカスや見世物小屋でタトゥーを彫ることも多く、女性の口びるやまゆげなどの顔、また犬や馬など家畜の刻印としてのタトゥーをした、アメリカで初めてのアーティストとも言われています。

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		<title>セイラーのタトゥー</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Jan 2008 05:37:53 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[
世界で初めてのタトゥー・マシーンを発明したアメリカのサミュエル・オー・レイリーが『タトゥーの入っていない水夫は、航海できない船みたいなものだ』と語ったように、欧米諸国においての水夫のタトゥーには、長い長い歴史があります。当時、タトゥーを入れるのは世界を股にかけ航海する水夫が一番多く、現在のタトゥー・シーンにおいても、たとえばツバメや船、イカリ、ピンナップなど、水夫に関連するデザインは数多く残されており、そのひとつひとつに当時の時代背景や、意味が込められています。



欧米諸国のタトゥーの歴史を振り返ると、始まりは１７６８年、キャプテン・クックが初めて南太平洋へ航海に出て、タトゥーを入れた民族に出会った頃までさかのぼります。
クック率いるイギリス人水夫たちは、遠い異国の地に来た思い出としてこんなにエキゾチックでカッコいいものはないと、母国に持ち帰るお土産としてタトゥーを入れたことが始まりではないかとされています。
トラディショナル・タトゥーの始まりは、ヨーロッパが先か、それともアメリカが先か、と今現在でもその論争は繰り広げられていますが、残された文献や資料などを見てもその答えはいまだ分かっていません。ただ、アメリカのアーティストが『アメリカン・トラディショナル』と呼ぶのに対し、ヨーロッパのアーティストは『ウエスタン・トラディショナル』と呼ぶことが多いようです。

アメリカでの最初のタトゥーの記録としては、水夫による航海日誌や手紙、日記などから、１９００年代初頭、水夫が世界中を旅するようになってから始まったのではないかと言われています。水夫出身のタトゥー・アーティストも数多く、セイラー・ジェリーもまたその一人です。
先に挙げたように、水夫の入れるタトゥーは、長い長い航海に出る上でのお守り的存在であったり、遠い異国の地でお土産として入れるものであったり、とそれぞれのモチーフには意味が込められています。そのシンボルの意味に興味のある人は『SYMBOLS』のページを見てみてください。


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		<title>セイラー・ジェリー（１９１１~１９７３）</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Jan 2008 19:55:20 +0900</pubDate>
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		<category><![CDATA[HISTORY]]></category>

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		<description><![CDATA[
今もなお現在のタトゥー・シーンにおいて、偉大なる影響力を持つセイラー・ジェリーは、１9１１年にその生を受けました。
彼の描くデザインは、古くは１８００年代に生まれたとされるトラディショナル・デザインのモチーフをベースに、ジェリー自身のユーモラスさをあわせたポップなもので、彼がアメリカン・トラディショナをこの世に広く知らしめた功績者、といっても過言ではありません。現在も活躍するエド・ハーディや故マイク・マローンは、彼の弟子であり、ジェリーの遺志を受け継ぎ“少しでも多くの人にアメリカン・トラディショナル・デザインの良さを知ってもらいたい”とタトゥーの世界にだけこだわることなく広い分野で推進し続けています。
ジェリーは、１９２０年までアメリカを航海しながらタトゥーを彫っていました。タトゥーのほかにも多才な趣味を持ち、特に海に対する気持ちは特別なもので『パール・ハーバー・メモリアル・ツアー』で船長を勤めたこともありました。
当時、友人同士でデザインを交換し合うのがはやっていたのですが、彼はいち早く日本の伝統刺青に興味を持ち、現在も活躍する日本伝統刺青師、岐阜・彫秀氏とデザインの交換をし合っていたことでも有名です。
１９７３年７月１２日、彼は死去し、一般的に‘パンチボウル’という名前で知られるホノルルのナショナル・メモリアル・セメタリー・オブ・ザ・パシフィックに埋葬されました。この霊園は活火山の噴火口近くにあります。彼のお墓は１２４セクションTにあるので、もしも行くことがあったらお参りしてあげてください。
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